例えるならば、稟議否決

昨日、僕にとってすごく思い入れの強いプロジェクト化に向けた稟議が否決されました。
申請してから一ヶ月間、始動したらあれをやろうとか、こういうアプローチもあるなとか、色々空想してイメージトレーニングはバッチリ。
あとは本当に会社がやる気にさえなってくれれば何も問題なかったのに、結果は稟議が否決されてプロジェクト断念。
−−−
否決理由は…
1.プロジェクトとして予算を組んで本格的に取り組むほどリソースがない。
2.プロジェクトとして一本化しなくても、現在の複数部署による共通業務として十分に成果が得られる。
3.他にリソースを突っ込むべき事案が多いため、会社としても万全の支援は出来ない。
4.長期的には利益を生むことができるかもしれないが、大事な立ち上がりの時期が現在の状況なので、大手を振って見送ることは出来ない。
−−−
という感じでした。
申請をあげる前から色々準備してきて、プレゼンも頑張ったし、社内検討事項として預かりになってから一ヶ月も待ちました。
久々に自分が夢中になれると信じたプロジェクトだったから、実運用が始まるのを本当に心待ちにしていました。
それだけに今回の結果は本当に残念です。
−−−
でもなかなか腑に落ちないのは、最後の方に「時期が悪かった。今じゃなければ全然アリな企画なのに」という言葉でした。
僕は市場のタイミングや準備期間、現在の業務状態から運用状態に限界を感じたからプロジェクト化に踏み切ったのに、その現場の気持ちが反映されず、棄却されてしまったのは本当に悔しい限りです。
今だから市場投入できるし、今だから調整できる。
これから大きく動くことが容易に予想される市場の動きに対して、チャレンジングな姿勢だけじゃダメなんですよね。
なかなか難しい。
−−−
人生ってうまくいかないものですね。
−−−
このプロジェクトを来期を待って再掲することも、もっと粘ってネゴに走ることも選択肢としてはあると思います。
でも来期に同じ市場、同じ想いで取り組めるかなんて未知数だし、会社の方針だって変わっているかもしれない。
一度否決されている手前、ネゴり続けることはその情熱を認める一因にはなるかもしれないけど、結局会社としても色々悩んで選択と集中を行った結果出した答えなわけだから、きっと結論は変わらないだろうし、むしろそんな簡単にコロコロ答えが変わってしまうようでは僕自身が信頼出来なくなってしまうので困ってしまいます。
−−−
やっぱり自分がやりたいことと実際にできることていうのは一致しないわけで、そこの乖離をどれだけ妥協できるかで機会損失の大小が決まるんだと思います。
僕は今まで本当にやりたい仕事に全力で取り組んできて、きちんと成果も上げてきたし、それで後悔はしていません。
ただこうやって飽和化してきた市場の中で取り組む事業に自分から制限を設けてしまうのは、会社を思えばこそもったいないと思うし、僕に任せてくれればな、とも感じるわけです。
−−−
とは言ってみたところで、きっと今の僕にはそれだけの力がないと判断されただけの結果なのでしょう。
結局はそこに尽きるのかもしれません。
本件のプロジェクト化にしても、もし担当者が違って、プレゼンが違えばまた結果も違ったのかもしれません。
でもこればかりは本当にどうしようもない。
だってこの仕事をしたかったのは、他でもない僕なのだから。
−−−
自分が力をつけるしかありません。
またこれから地道に努力して、自分を売っていけるように頑張りたいと思います。
言ってもこれはblogですから、いくらでもポジティブなことは書けます。
でも実際の僕はもうちょっと傷ついていますので、今しばらく凹むことにします。


Sent from my iPad